2021年3月11日木曜日

福島原発事故による東京での初期被曝と健康被害

 

 以下は『内部被曝』(扶桑社新書、2012年3月)のあとがきとして、竹野内真理が書いたものです。

 

あとがき

竹野内真理

 

肥田先生からの手紙

6月の初旬、肥田先生から一通の手紙が来た。6月2日、東京での健康相談会で、50人ほどの健康被害を訴える人々の相談をしてきたと言う。この相談会は、チェルノブイリの子供たちの保養・里親制度を20年間支援してきた「チェルノブイリのかけはし」の野呂美加さんが企画したものだ。相談者のほとんどは、鼻血や下痢、皮膚疾患など、低線量被曝と思われる症状を呈していたと言う。肥田先生の見たなかでも、20代女性でひとり、以前は甲状腺に疾患の無かった方が、甲状腺の腫れが見受けられたという。また、会社員で福島にボランティアを3日間ほどした男性が、帰ってきてから、活力がなく、ぶらぶら病のような症状を呈している人がいたと言う。手紙は、以下の一節で閉じられていた。「あなたの沖縄行きは正しい。子供のために、しばらくは東京に戻らない方がよいでしょう。」

私が東京を離れたのは、放射性雲がちょうど東京を通過中の3月15日だ。午後の便で立ったのだが、朝一番の便で立たなかったことを本当に悔やんでいる。15日は所用を済ませるため、午前中から昼過ぎまで、すなわち、放射能が最も都内で濃厚だった時間帯に、私は1歳4ヶ月の息子をおぶって自転車で港区三田の街中を走り回っていたのだ。私はその日自転車に乗りながら顔に受けていた風をいまだに忘れられない。穏やかな晴れた日で、そよ風が吹いていた。放射能という体感できない危険物質を除いては、まったく普段と変わらなかった。1歳の子供と言うのは、決してじっとマスクなんてつけてくれないものなので、私もしないでいた。

放射能雲が東日本を駆け巡る中、政府は、血税を100億円以上かけた緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)システムが稼動していたにも関わらず、国民に対してまったく警告を発する事をしなかった。(ところが管轄の文部科学省は外務省を通して3月14日に米軍には情報提供していたという。)しかしこのとき、世田谷区にある東京都産業労働局で立方メートルあたり数百ベクレルという濃厚な放射性物質の量が測定されていた。また、小出裕章京都大学助教の以下のデータが後から発表された。ところがこのときの国会中継はTVで放送されなかった。小出氏はデータの数値をパニックになるからと上司から発表を止められたという。

 

315日における都内の2地点での測定結果

台東区 11:14-12:14   世田谷区 0:00-14:00

 

Bq/m3

   

 

ヨウ素131

ヨウ素132

セシウム134

セシウム137

ヨウ素131

720

0:007:12

10.8

8.5

1.9

1.8

ヨウ素132

450

7:128:23

3.4

1.2

0.2

0.2

ヨウ素133

20

8:239:00

6.2

3.4

0.8

0.8

テルル132

570

9:0010:00

67

59

12

11

セシウム134

110

10:0011:00

241

281

64

60

セシウム136

21

11:0012:00

83

102

24

23

セシウム137

130

12:0013:00

8.7

8.3

2.2

2.2

小計

2021

13:0014:00

5.6

4.2

0.8

0.8

出典:小出裕章氏     東京都産業労働局ホームページより

 

もうひとつ重大なデータがある。放射線医学総合研究所が「甲状腺等価線量評価のための参考資料」と題する報告書を原発事故後の325日に出している。これは、ヨウ素やセシウムなどの放射性物質を体内に取り込んでおきる「内部被曝」についての資料で、「312日から23日までの12日間、甲状腺に0.2μSv/時の内部被曝を検出した場合、甲状腺への等価線量がいくつになるかを示している。福島では0.1μSv/hの最大値が出たというが、これは1歳児の場合であれば、甲状腺への等価線量50mSVにあたる大変な数値だ。そしてベクレル数で言えば、以下の数値の2分の1として約2000Bqとしても信じられないくらい高い値である。

 

年齢

0.2μSv/hのサーベイメータ正味指示値に相当する甲状腺放射能

12日間吸入摂取し、13日目に計測した預託実行線量

先条件での甲状腺等等価線量

1歳児(13歳未満)

4400Bq

5.4mSv

108mSv

5歳児(38歳未満)

4690Bq

3.2mSv

64mSv

成人(18歳以上)

6030Bq

0.8mSv

16mSv

出典:放射線医学総合研究所 2011325

 

子どもとともに体調を崩す

それからひと月ちょっとたった4月の後半より、今まで風邪で熱など一回も出したことがなかった息子が高熱を出し始めた。多くの乳児がかかるという突発性発疹というのは生後8ヶ月ころにかかったが、マニュアルどおり5日で全快し、それ以外には風邪ひとつ引かない子だったのである。翻訳の仕事が忙しく、冬の時期には近くの預かり所に4、5時間預けたことも時々あったが、周りの子どもの風邪がうつることも一度もなかった。産後に体が弱っていた私が風邪を何度も引いて熱を出しても、添い寝をしている息子にはまったくうつらないくらい健康で丈夫な子どもだった。免疫が切れるといわれる生後6ヶ月から1年も難なく過ぎ、14ヶ月の息子は病気知らずのすこぶる健康優良児だったのだ。

沖縄の保育園に行っても、入学して2週間は今まで通り元気であった。しかしその後体調を崩してからは、一ヵ月半あまりの間に合計10回以上も高熱をだした。熱が下がったときに保育園に連れて行っても、園の先生によれば、座りっぱなしのときが多くなったり、みなで散歩に行っても途中で歩くのを止めてしまい、先生が抱っこして運ばねばならかった時もあったと聞いた。真っ先に頭にかすんだのは、「原爆ぶらぶら病のようになってしまったらどうしよう」だった。子どもの元気がなくなることほど母親として心配なことはない。食欲も落ち、一時期は丸々していた体がやせてしまった。また体中に発疹が出やすくなり、一時期はかわいそうなくらい全身ボツボツだらけになった。今まで抱いた時の感触がつるつるだった肌が、ざらざらになった。そして風邪がやっと治ったかと思った矢先、ウィルス性の感染症である手足口病にかかり、咳もしばらく続いた。2ヶ月経てやっと回復したが、その後軽い下痢を起こした。こんなことは以前はなかった。(幸い汚染の少ない沖縄にいるので今は元気であるが、以前よりも発熱しやすくなっている。)

体調を崩し始めたとき、私自身は2冊目の翻訳書『人間と環境への低レベル放射能』の最終校正で忙殺され、心配している暇もなかったのだが、息子と同時期くらいに熱が出始め、5月のはじめには、検査をしてもインフルエンザでも肺炎でもないのに、39度台の熱が連続8日間もまったく下がらなかった。そのような風邪を私は人生において引いたことがない。しかし始めのうち私は、締め切りのことばかり考え、315日のことはほとんど頭になかった-というか、考えようとしていなかった。実際被曝していたとしたら、あまりにも自分にとってショッキングなことなので、無意識に思考停止していたのかもしれない。

そんな折に肥田先生からの手紙を受け取り、気づかされたのであった。もちろん子どもは放射能なんか知らないので、放射能恐怖症・ストレス性などということはありえない。私の痰が多く出ると言う症状は、被曝労働者の間でよくある症状だと聞いている。放射性物質の付いたほこりを吸えば、その粒子の何パーセントかは気管支や肺に沈着するであろう。それを考えれば、沈着した放射性物質により、何らかの形で咳や痰が多く出るようになるというのも大いにあり得る。さらにごくごく細かい粒子については肺胞をも通り抜け、血液やリンパ液に入り、全身に回るのだろう。被曝労働者は防護服を着ているから大丈夫、などと言うが、彼らも呼吸をしながら、着替えをしなければならない。放射性物質の付いたほこりを吸い込むことが皆無であるはずがない。

「ママ、ジュース、わんわん」とやっとしゃべれるようになったかわいい息子。健康優良児で生まれ、母乳をなるべく長くやって元気な子に育てようと頑張ってきたのに・・・。息子が調子を崩すたびに、315日の放射能雲のことを思い出し、悲しい気持ちでいっぱいになる。(東京にいた私でさえ、こうなのである。福島のお母さんたちは、いかほどであろうか。)

肥田先生には、1歳の息子が低線量被曝だとすると、どういう経過をたどるのか聞いてみた。すると、先生はおっしゃった。「わかりません。広島では、あの過酷な状況下で赤ん坊は皆死んでしまったからです」という悲しい答えが返ってきた。3.11の後、いち早く米国から安否を確かめるメールを下さったスターングラス博士にも聞いてみた。すると、博士の答えも、「わかりません。私が研究対象にしたのは1歳未満の乳児です。あなたのお子さんは1歳以上だから私にはデータがありません。」であった。私はこのふたりの科学者を常に尊敬している。お二人はきちんとわからないことはわからない、と言う。いい様にも悪いようにも無責任な事はいわない。科学とはそうあるべきものなのだ。もちろんお優しいお二人は母親である私を傷つけまいとする配慮もあったかもしれないが。

 

チェルノブイリの教訓とバンダジェフスキー論文

今回の福島原発事故では、セシウム換算で、日本政府の発表でも広島の168倍(チェルノブイリは500800倍)は少なくとも出ている。ノルウェーの研究機関では、日本政府の発表のさらに2倍を推定している。さらに福島原発からの放射能はいまだに漏れ続けている。このような中、福島事故の影響として学ばねばならないのはチェルノブイリの影響である。10月、沖縄にも野呂美加さんとベラルーシの小児科医、スモルニコワさんがやってきた。スモルニコワさんの話によれば、驚くべき事に、彼女の住む地域では、徴兵制で普通に兵士として取られる割合が今では3割しかいない、という話であった。彼女の持参してきたデータを見ても、先天性障害が右肩上がりに増えている。

2006年にアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞した、映画チェルノブイリハートも記憶に新しいもので、まだご覧になっていない方にはお勧めしたい。そこでは、健康な新生児の割合が2割に落ち込んでしまったと言う衝撃的な事実を紹介している。そして、心臓欠陥を持つ子供が数多く生まれ、手術を待つ子供が間に合わずに亡くなってしまうという過酷な事実。母親として、子供たちが傷つき苦しむ姿を見ることは、本当に胸が締め付けられるものだ。私は99年から原発に関しては自分なりに勉強してきたつもりであったが、チェルノブイリについての、これほどまでに過酷な現実を知る事がなかったことを今とても反省している。

昨年12月、本書にも幾度か引用されているバンダジェフスキー著『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響』という本が正式に出版された。セシウムの内部被曝による人体への影響を詳細に著したもので、この本は今最も読まれるべき本だ。ゴメリ医科大学の学長であったバンダジェフスキーは、亡くなった多数の患者を解剖し、各臓器のセシウム蓄積量と病変を徹底的に研究した。もちろん、このような研究は日本にも、また世界にも皆無と言ってよいだろう。

政府寄りの学者の講演会があるときには、この本を持っていって、「バンダジェフスキーの論文を読んだことありますか?」と聞くだけで、学者らは答えに窮するであろう。(私も「放射能安全論」のような講演をしにきた東大のお医者様を問い詰めたことがある。彼は実はこの本を読んでいたため、この論文の重大性を理解しており、休み時間になって「実はいろいろ困っている」と弱音を吐いてくださった。あげくに、「まだまだ読まなければならないロシア語の文献がたくさんある。竹野内さんはロシア語の翻訳はしないのですか?」と逆に聞かれたほどである。)

真面目に私は日本のすべての医師が、バンダジェフスキー論文をいますぐに読むべきと考えている。私は茨城大学名誉教授の久保田護さんが翻訳して自費出版したこの論文を初めて読んだ昨年夏、大変な衝撃を受け、さっそく日本医師会にメールを送ったが、当然のように今も無視され続けている。

 

子供たちは今からでも強制疎開にすべき

さて、今一番早急にやらねばならない事は、もちろん子供たちの命を守ることである。自分たちの子供だけではない。日本国中全ての子供だ。そしてまず一番困っているのは福島の子供たちだ。大家族が多い福島では、おじいさんおばあさんが農作業をし、嫁が反対するのを押し切り、放射能の意味もわからず孫に汚染野菜を食べさせ、孫が病気になってしまったケースもあると聞いている。なんという悲しいことだろう。だいたい、福島の高線量地域で福島の人々が被曝しながら働かねばならないという事態がおかしいのだ。このようなことを許している実態があるから、汚染食品や汚染建材などが全国に流通してしまうのだ。

汚染地帯からは人を撤退させこれ以上被曝させない事、逆に物流はその場にとどまらせ、移動させない事は大原則のはずなのだが、国が今やっていることはその反対で、人は福島に留まらせ、汚染食料や汚染物質は全国に流通させている。最も被害にあっている人に焦点を合わせ、彼らこそを優先して救済しなければ、いずれ私たち皆が窮することになるはずだ。肥田先生も『今からでも遅くないから、汚染地帯の子供たちは国の采配で強制疎開すべきです』と、このあとがきを書く直前に私に電話で話してくださっていた。福島の方々にはとにかく、今の高汚染地帯から避難して欲しいのだ。

ところが悲しい事に福島県では非常に残酷な事が起きている。せっかくある他都道府県からの福島県民被災者受け入れ体制を、福島県が早期に打ち切らせようとしているのである。県の人口流出=県の収入源=県職員の退職金の減俸といううわさがまことしやかに流れている。理由は何であれ、子供たちの命や健康を引き換えにして良いものなどこの世に一つも無い。12月、福島県からの打ち切り申し入れの通達が来たとき、市民団体から猛烈な反対が巻き起こり、これは撤回された。しかし、ひそかにこの1月末にも県から再び申し入れが行われており、3月末で打ち切りになる可能性があるという。大変な事だ。そのような通達が出たのであれば、許されるものではないし、全国の母親が声を上げるときだと思う。沖縄県も非常に良い受入れ制度があり、県庁に電話をすれば、航空券、一か月分の三食付ホテル代、2年間の家賃を手配してくれる。受入れ制度が続いている間に、ひと家族でも多く沖縄に来て欲しいと願っている。

福島県では他にも信じられない事が起きている。たとえば郡山市議会では、給食をすべて福島米にすることを採決したと言う。市民が反対しても議論の余地もないという。ちなみに郡山市長の孫は他県に疎開をさせているらしく、市議の一人がその問題を追及したら、にやにやしてなにも言わずに誤魔かしたと言う。自分の孫は安全なところにやっておいて、郡山市の子供たち全員に福島米を毎日給食で強制的に食べさせるとはどういう神経なのだろう。また、同じ郡山市では、郡山地方裁判所で原告14人が子供たちの疎開を求める裁判も昨年行われた。12月、裁判所は原告の訴えを棄却。弁護団長の柳原敏夫氏は率直に次の意見を述べている。「この裁判をやっていて見えてきたのは、彼らは皆加害者だからこそ、罪を認めたくないのです。」

食べ物については、ベラルド研究所のバベンコ博士も「子供についてはゼロベクレルを目指すべきです」と明言している。まったくこれはその通りで、バンダジェフスキーの20Bq/kgという体内セシウム濃度で心臓に異変が起こるという事実と体内セシウムの残存量の推移を示す下記のICRPのグラフを見れば一目瞭然である。70kgの大人で、1日たった10Bqのものを食べていても、2年以内に心臓に異変が現れる計算となり、30kgの子供であれば、100日以内に現れるのがわかる。4月からの100Bq/kgという新規制値でもまったく間に合う話ではないのだ。

最近、福島のある高校で、自転車通学をしていた学生二人がほとんど同時期に心筋梗塞で死亡していたと言う悲しいニュースを聞いた。ふたりとも先天的な心臓病疾患は持っていなかったにも関わらずである。放射能との因果関係がない、とは、解剖をして心臓にセシウムが溜まっていない事を確認したのでない限りは言えないはずである。

 

 

 

子供たちがガンになるのを待っているのか?

125日、福島県は、18歳以下の県民に行っている甲状腺検査のうち、原発周辺の住民を対象に先行実施した3765人の検査の結果を明らかにした。

 

受診者総数

3765人(100%

しこりやのう胞がなかった人

2622人(69.6%

5ミリ以下のしこりか20ミリ以下ののう胞があった

1117人(29.7%

5.1ミリ以上のしこりや20.1ミリ以上ののう胞があった

26人 (0.7%

 

実にこれら未成年の被験者の3分の1にしこりやのう胞が見つかった事になる。しかしなぜか読売新聞の報道では、「原発の影響と見られる異常はなかった」とされているそうだ。

福島県立医科大学副学長で甲状腺学会会長の山下俊一氏は、なぜか追加検査を行わないようにとの通達をわざわざ出したという。ちなみに山下氏は、97年に「診断と治療」という医学誌に書いた論文では、「0.5cm以上の結節または異常甲状腺エコー所見のある患者に細胞診を試みると7%に甲状腺がんが発見された・・・これらの患者は事故当時0~5歳が多く、頸部リンパ節転移を認め、悪性の程度も中程度以上である」と書いている。0.5cm以上の結節に該当する上記の26人の追加検査はなぜしないのか。また、09年に「日本臨床内科医会会誌」に書いた別の論文では、「1cm以下の結節でも甲状腺がんがみつかった」、「結節のある大人では100人に1人か2人のガンの可能性があるが、子供の場合は約20%がガンだった。」「小児甲状腺ガンの約4割は、小さい段階で見つけてもすでに局所のリンパ節へ転移がある」と書いている。山下氏の過去の論文を読むと、子供の結節は小さくとも悪性に移行するケースが数多く見受けられるのである。

山下氏はチェルノブイリでの調査から、このような深刻な事態に進展することを直に診ておきながら、なぜ福島の子供をほおっておくのか。まずはこのような結節の見つかった子供は、チェルノブイリの経験を踏まえ、まずは汚染のない土地に避難させるべきではないか。「山下氏は医学調査のために子供たちががんになるのを待っているのではないか」、という声もあちこちで耳にする。そのような恐ろしいことは現実であってほしくない。しかしこの山下氏は福島事故直後、「100mSV以下であれば、妊婦も大丈夫だ」と講演して廻ったと聞く。ところが前述の09年の同論文には、「主として20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被ばくすると、10~100mSVの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません。」と書かれてある。このような2枚舌を使うのであれば、噂も現実味を帯びてきてしまう。

いずれにせよ、異変の生じた子供は即刻放射能のないきれいな環境に疎開をさせるべきだ。ある学者は「甲状腺ガンは治るから大丈夫」だなと言っていたそうだが、とんでもない話だ。首にネックレスのような傷跡を一生追わねばならない子供たちの痛手は計り知れないし、その後も治療が一生欠かせない。現松本市長の菅谷市長も5年半に渡るチェルノブイリ救援活動の経験から、甲状腺がんにかかった子供の6人に1人がその後肺に転移していると書いている。

憂慮する事態は福島に限ったことではない。3月初頭、東京都のある医師が、3・11後に体調を心配する市民60人ほどの血液検査を行ったところ、異型リンパ球の患者が、東京や千葉の高汚染地帯に、そして特に乳幼児に多く発見されたという。同時期に行った血液検査で非汚染地帯では異型リンパ球は見られなかったという。この医師は親に尋ねられれば、異変のある子供には避難を勧めているという。命を守る医師として当然の行為だと思う。関東であっても高度に汚染された場所から子供たちは避難すべきなのである。国による異常といえるこの無策状態に、私たちは麻痺されることなく、行動しなければ、真面目に子供たちの命と健康が危機にさらされるのである。

 

私たちがやるべきこと

3.11以降、やらねばならないことが山積みとなってしまったが、どうしても今やらないと、日本の将来そのものがなくなってしまうのではないかと思う、緊急性の高いことがいくつかあるので以下に列記する。いずれのものも、国が政治的に現在はまったく逆のことをやっているが、私は良識と良心のある一般市民、特に子供を持つお母さんたちが動いて、以下のことが達成できないかと願っている。

 

1.         子供たちを強制集団疎開させること。これは肥田先生も言うように、本来は原発を推進してきた国が主導してやるべきことだ。また、動ける親子だけ動き、動けない親の子供は健康を損なってもよいなどという道理はまったくない。除染の限界および害(除染作業者や作業場周辺における大気中の放射性物質により、呼吸器系の内部被ばくにつながる)を知り、避難範囲を即刻広げるべきである。

2.         汚染地帯でいまだに働いている農業や漁業従事者にきちんとした補償をすること。まずは彼らを汚染地帯で被曝させる事をから守り、同時に汚染食物を全国に流通させないことで私たち全てを守ることでもある。食物と同時に米ぬかや飼料、腐葉土など、食品汚染につながるあらゆる汚染源を流通させないようにしなければならない。

3.         汚染瓦礫を焼却しないこと。汚染瓦礫を高温で焼却することにより、放射性物質がより微粒子となり、人体に入りやすくなってしまう。呼吸器からの内部被曝の場合は、消化器よりも排泄されにくいため、要注意である。汚染がれきはこれ以上人体への害を広げないためにも、避難地域を拡大した福島に仮置きするしかないと思う。

4.         低線量被ばく医療体制を全国で確立すること。広島の経験がある肥田舜太郎医師や、チェルノブイリの経験があるバンダジェフスキー博士など、被ばく患者を診てきた医師と情報共有し、低線量被ばくの予防と治療に向けた医師への教育が全国規模でなされなければならない。

5.         第二の福島事故が起こらぬよう、全国の原発サイトと六ヶ所再処理工場にある使用済み核燃料は金属キャスクにいれ、地震が来ても大丈夫なように保管する事を早急に行う事。また六ヶ所と東海の再処理工場に存在する高レベル廃液が漏れたり冷却不能にならないよう、多重防衛策を構築する事。

 

肥田医師は、名著「広島の消えた日」の末尾に「原爆なんかに殺されてたまるか」と書いている。そして被ばく者に寄り添う人生を歩むうちに95歳の今もご健在だ。私たちもしかりで、「原発なんかに殺されてたまるか」であり、どういう状況下であっても、希望を捨てずに状況の改善に努めるしかない。最後に引用をひとつ入れたい。前述のチェルノブイリ医学研究の第一人者である、バンダジェフスキー氏の論文における最終章の1節である。

 

「体内の放射性セシウムやほかの放射性元素に起因する病的変化は、生体全体でとらえるべきである。そうすることで傷つきやすい臓器や組織が判明し、正しい診断、正しい治療、正しい予防措置を選択することが可能になる。

 被災者の健康状態はまさに災害である。しかし、私自身が医者である限り、見込みなしとは言えない。神に誓って私は訴える。尽力できるものは状況改善に全力を尽くせと。

 地球上で生命ほど貴重なものはない。私たちはできる限りのことをして、生命を守りとおすべきである。」

 

ユーリー・バンダジェフスキー

2020年6月4日木曜日

核実験被爆兵士の治療をした米国医師の遺作『放射線の衝撃』要旨

核実験被爆兵士の治療をした米国医師の遺作『放射線の衝撃』要旨


『放射線の衝撃』

“Radiation Impact” by Donnell W. Boardman

肥田舜太郎訳 1991年初版、20115

自費出版(問合せ先0422-51-7602)

 本稿における要約:竹野内真理


Interview with Dr. Judith Johnsrud 
and  Dr. Donell W Boardman
(残念なことにこのような優れた論文を残されたBoardman氏は1994年に死去されたそうです。Johnsrud博士は、2000年に来日された時、竹野内は通訳させてもらいました。素敵な方でした。2014年3月9日にお亡くなりになっていました。良い方がどんどんお亡くなりになってしまうのですね。(涙。)ご冥福をお祈りいたします。)

肥田先生の訳したものの中でも埋もれている名著、『放射線の衝撃』の前半部分の要約です。筆者は核実験兵士の臨床を長年行っていた内科医であり外科医でもあったボードマン博士です。コロンビア大学医学部卒業、ボストン大学病院とマサチューセッツ総合病院で臨床医をしながら教鞭をとっていた方です。また、原子放射線研究センターの共同設立者であり、名誉会長でもあります。ただ、本書は出版完成前にお亡くなりになっていますが、原文(英語)は肥田医師が持っているものを数部コピーしてあります。


『放射線の衝撃』第三章までの概要を記します。(仕事の合間に急いで作成したため、不完全ですが、すみません)第三章までは分子生物学的な部分で読みづらいため、必要なところは原文も見ながら、わかりやすく要約しました。第三章までを読むと、医師はもちろんのこと、遺伝学者や免疫学者で、この放射能問題に取り組んでくださる方が出てくることの必要性を強く感じます。

第四章以降は、臨床そのものであったり、勧告であったり、ここの症例であるため、元の翻訳文または原文を直接にご覧になったほうがよいと思います。後半も臨床医の方には非常に参考になる文献だと思いますので、ぜひお読みください。付録Gですとか、臨床例が具体的に書かれてある付録Kなどはまさに他の本にはないものだと思っています。

 そして116ページには、甲状腺被曝の応急処方としてヨウ化カリウムを飲むこと、コップの水にルゴール溶液を2,3滴と書かれてあります。(日本の厚労省や放医研などの言い分と違っている!)

序論より

l  被曝はガン、白血病、遺伝障害だけでなく、生命のあらゆる分野に影響を与える。

l  診断は困難で同量の線量に被曝しても同じ障害を示す者はいない。

l  (放射線の影響については)公式の記録や科学文献に接する機会が制限されている。

l  体内にある放射線のエネルギーは、人体にある約75兆個の細胞に不均一地に散らばり、どの二人の人間も、どのふたつの細胞も、同じ量の電離放射線を受けることはできない。

l  倦怠感(ぶらぶら病)、関節や筋肉の痛み、胃腸の不快感などの漠然とした兆候を示す者もいるが、それらは国際分類にある病名に適合しない。

l  医師と患者の関係はぎくしゃくすることが多く、双方とも放射線生物学に明るくないため、しばしば対立する。

l  これからの医学には、人の放射線被ばくに関して相当量の学習を取り入れなければならない。

l  放射能の分布は世界的なので、危険は大衆が常にかかわってくる。大衆は知らされていなければならない。

l  政府の計画を進行させるため、事実に対して大衆は無知に留め置かれている。

l  地球規模の災害を防止するには、より広い科学的研究と開かれた討議が必要である。

l  医療関係者たちは、人々を空気、水、大地の著しい汚染から積極的に守らなければならない。最も執拗で持続的な汚染物質は放射線である。

l  核・原子力の研究分野は、多くは知られていたが、国家の安全保障の名のもとで、広く一般には広められなかった。多くの研究が今でもまだ、管理され、意図的に制約されている。

l  1988年、米国の環境放射線量は年間3~4mSVと算定され、これは国で認めた被曝線量の4倍である。

l  放射線被ばくの人体への有害な影響は、1945年のアラモゴードの爆発以前から知られていた。

l  軍隊と工場から漏出した大量の放射能の真のリスク・ベネフィット比は、よく記録されているが、あまり知られていないし、公表されていない。

l  人工放射能は一度放出されると、決定的に制御できるよい方法はなく、汚染度を測定し、自然に散逸させるだけである。

l  人間への放射線による影響は少量であっても蓄積し、長期にわたるものであり、健康影響は修復できるかどうかも不確実である。

l  放射線の人間の健康に及ぼす影響は、物理学、高額、疫学、公衆衛生だけでなく、腫瘍学、生理学、免疫学、精神科、皮膚科、胃腸科、循環器科、内科全般にかかわる


第1章    低線量電離放射線の影響


l  感受性の高い細胞を高いものから列記すると以下の通りになる

リンパ細胞、生殖腺、骨髄増殖細胞、腸上皮細胞、表皮細胞、幹細胞、漿膜細胞、中枢神経系またはグリア細胞、骨細胞、筋肉および関節組織、CNS神経細胞

l  分子がイオン化する変化はナノ秒(10億分の1秒)で起こり、この病理生理学的な出来事はリスクを知る上で重要であるが、II章とIII章で詳述する。

l  (米退役軍人に関して)確立されている放射線被ばく合併症は以下の通り:白内障、白血病、多発性骨髄腫、甲状腺ガン、胸線ガン、骨ガン、肺ガン、胃ガン、小頭症、精神障害

l  (米退役軍人に関して)考慮されている放射線被ばく合併症は以下の通り:非悪性腫瘍、線維腫、甲状腺機能低下症、真性他血球血症、再生不良性貧血、骨髄線維症、早産、腫瘍(食道、唾液腺、尿路系、脾臓、直腸、腎臓、膀胱)、悪性リンパ腫


HoffmanRadfordによるスリーマイル事故後の報告より

l  放射線はあらゆるガンを発生させる

l  放射線起因のガンは自然発生ガンよりも悪性度が高い。

l  被曝者が元からもつ因子が重要な影響を及ぼす

l  乳幼児や年配者は青年期や中年期のグループよりもはるかに危険


独立した科学者らによる見解

l  感染症への脆弱性

l  不顕性の染色体、遺伝子、その他高分子における損傷

l  不妊

l  次世代への先天性異常や遺伝的欠陥の伝達

l  老化に起因する組織変化(筋肉、関節、神経脈管、心臓血管系など)


臨床的症候群

l  低線量被曝者の中に、あらゆる治療にもかかわらず、死亡した者がいる。

l  被曝による分子変化や生物学的構成物への障害を修正することは不可能である。

l  複数の核種への混合被曝により、被曝による臨床的症候群を断定することはさらにあいまいなものとなっている。

l  ただし、大量被ばくに関しては見解が一致している。すなわち、

50シーベルト以上で即死

10~20シーベルトで数日中に死亡

6シーベルト以上はほとんど致命的。(ところが、7.5シーベルトの瞬間被曝でも特に後遺症のなかったケースがある。)


l  少数ではあるが、5シーベルト以下で明らかな影響のない被曝者がいる。一方、その10分の1でもぶらぶら病などの後遺症が出るものがいる。

l  放射線障害として、ガンや遺伝的な変異のほかに、免疫、アレルギーなどの異常、心臓脈管系、末梢脈関係、神経脈関係、神経筋肉系の異常、間質、結合線型の異常が記録されている。

l  肥田舜太郎医師は「原爆ぶらぶら病」を報告したが、UNSCEARの報告には残らなかった。しかし海外の科学者には認められており、しばしば原因不明の貧血や脳波の異常である「間脳症候群」が伴っていると報告されたりしている。

l  「原爆ぶらぶら病」では、非特異的な無気力状態の持続が進行し、他の症候群を合併するが、客観的な所見の記録は少ない。唯一つの客観的所見は、全血液成分の一時的な減少である。

l  ぶらぶら病の特徴の一つは、老化の加速であり、これは組織別に広がった分子破壊(細胞レベルの早期の障害や死)の個体レベルの臨床的、晩発的な発現である。

l  ぶらぶら病は、名前をつけられたり、文書になることはなかったが(この著が出版されたのは1991年)、被曝者の間ではよく知られていた。


第二章 遺伝的障害の可能性


遺伝的影響には二つのタイプあり:

生殖細胞型遺伝:精子と卵子の結合により次世代の個体の特性を決める

体細胞型遺伝:腫瘍やがんなど、細胞レベルでの娘細胞への遺伝。細胞周期を通じて、DNA

RNAの生理学的反応に影響。細胞核のみならず、細胞構成物質のすべてが低線量放射線に影響されやすく、核以外への影響は、ガンのプロモーションや代謝や構造的な変化に寄与する可能性あり。


 注:ロシアでは、ウラルの核事故地域周辺、チェルノブイリ周辺、リトアニアのイグナリア原発周辺で、乳幼児に遺伝的影響が顕著に見られている(Medvedevz, 1990


低線量被ばくした人体における最初の劇的変化は、白血球、胃腸粘膜の上皮細胞、胎児や乳児、体内に沈着した放射性物質に近い組織細胞(甲状腺や骨髄)に見られる。次に発見されやすいのは、5年から10年の寿命を持つ細胞で構成されている組織で、繊維質、脈管、分泌系、神経支持細胞がある。

個体の遺伝的変化は、二世より、さらに将来の世代に多く現れる(BEIR V 1990Bertell1984


診断の困難さ:


電離放射線は、因子の一つに過ぎないため、疾病の原因として特定するのは科学的に不可能であり、これが医師にとってジレンマとなっている。同じ二つの被ばくは永遠にないし、結果を繰り返すことも特定することもできない。公の政府と企業、機関はいかなる病気も放射線起因とは認めたがらない。


死亡原因についても、高線量からの死亡は認められても、「被ばくの原因が加わった死」は無視され、体制側から認められない。


問題の重要性:


米国では1945年以来、過剰に被ばくした市民と軍人の数は二百万人を超える。米国の40歳以上の市民の4%がヒバクシャで、50mSV以上の被ばくをしている。


米国における放射線源として、原子炉、再処理工場、廃棄物場、核実験場、核兵器製造工場、国立放射線研究所、治療用放射線源、食料や器具の照射工場、鉱山、屋内ラドンなどがある。


線量限度の変遷:

720mSV 1928)→ 300mSV 1940)→ 150mSV 1945)→ 5mSV (一般)、50mSV (労働者)、(1960


米国では年間延べ七億人以上がX線検査を受け、七千二百万人が放射線医療を受けている。医療用放射線は人工放射線の7割を占めている。


第三章 放射線生物学


放射線のイオン化は百万分の1秒以下で起こり、影響は不可逆的である。


「生命の単位は細胞である」と言われているが、放射線にとってそれは分子であって細胞ではなく、分子が標的の単位である。分子を基準とすれば、細胞核でさえ巨大である。


放射線のエネルギーは物理的に測定や推定は可能である場、エネルギーの散布は均質でなく、影響も予測できない。


たった一個の分子のイオン化が、ガンや白血病の致命的な一歩になったり、奇形の子供の誕生の原因となることが知られているので、不必要な危険は避けることが賢明である。


低線量放射線のガンへの影響:


放射線は長い分裂時間(M期)を持つ再生能力の高い細胞ほど影響が大きく、高度に分化した細胞ほど影響は少ない。(ベルゴニーとトリボンデュの法則)


細胞核や核膜のほか、核の外側にある細胞の構造物であるリボゾーム、ミトコンドリア、原形質なども、放射線の影響を受けやすい。


変異はイニシエーションと発現のステージに分かれており、(追加的な放射線被曝を含む)物理的化学的な外部的なプローモーション要素が、その生体の持つ遺伝的な要素や健康状態に合わさり、何世代分の細胞周期を経て、変異を確定している。


マクロプロテイン、核酸、体液、フリーラジカル、酵素、内分泌、細胞膜、伝達システムへの放射線の影響については、多くの文献がある。ところが、このような分子生物学的な学問は、遺伝学者や生物学者、免疫学者の間では急速に発展しているにもかかわらず、臨床をつかさどる医学者の間で主要な学問となっていない。


放射線被曝の分子生物学:


生体蛋白は一万種以上あり、免疫系の抗体蛋白は1000万種あると考えられている。


高分子タンパク質は、メッセンジャーRNAの助けを受けながら、代謝の必要がある際に、自身の鋳型を再生する能力を持つ。この過程には、ホメオスタシーや免疫、その他のシステムの相互作用における生体全体としてのニーズにあった、酵素やホルモンによる修飾作業が伴うが、これらの過程は、放射線による電離作用に脆弱である。


それでも多くの放射線の電離作用による傷は、数分から数時間のうちに修復される。ただし、中には傷として受け継がれていく分子が残ってしまう。残った傷は、気付かれずに終わるような傷になる場合もあれば、その時には必要でなくとも、何10年後に必要となる機能に打撃をもたらすこともある。また世代を経て打撃となることもある。そのような傷は不完全な修復作用の中で、微妙にバランスを欠いた生体防護システムや神経・内分泌系酵素の相互作用の変異などをもたらす可能性があるが、原因となった放射線起因の傷は後からわかるものではない。


フリーラジカル:


水の放射線分解は1900年代にP.Curieによって概念化された。生体内の水やその他の生体分子における、自然放射線以下の線量でも生じるフリーラジカルの発生の重要性は、近年増しつつあるが、医学界では十分知られていないし、議論されていない。


80年代になってようやく生体内におけるフリーラジカルの作用が注目されるようになったものの、医学における分子生物学や分子遺伝学の中に、低線量電離放射線の影響についてはほとんど記載されていないため、ガン以外の症状について重大な考察をする貴重な機会が失われてしまっている。


1971年、ぺトカウは細胞膜におけるフリーラジカルの連鎖反応は、高線量よりも低線量でより強く持続的に行われるという発見をした。フリーラジカルは脂質とタンパク質の構造や機能を阻害し、老化の原因ともなり、フリーラジカル反応自体が複雑な反応である。


また、水溶液中の分子に比べ、乾燥した分子のほうが放射線に対する耐性があることは40年以上前に知られていた。(すなわち1950年以前)


さらにぺトカウによって、80年代、放射線被曝した体液のフリーラジカルは低線量でより活性化していると報告されている。


水は化学的に13種あり、フリーラジカルも5種類存在する。これらのフリーラジカルの毒性は低線量のときにより効率的に発揮される。


また、水や酸素、その他の化合物におけるフリーラジカルの働きは、放射線による直接の反応に比べ、ずっとゆっくりと反応が起こる。体の75%は水分であるため、フリーラジカルによる生体反応の影響は大きい。


酸素分子はそれ自身がフリーラジカルであり、酸素の増加は老人にも乳幼児にも有害である。(酸素療法を伴った乳幼児の水晶体広報繊維細胞形成、老人の肺線維症、肺気腫、実験動物のけいれん、甲状腺や副腎、延髄機能の亢進など)


PuckWaldrenは、低線量域における突然変異率は、それまで知られていたよりも200倍も高いことを確認した。


酸素が存在するところでの電離放射線は、DNAを含む高分子に対し、酸化ストレスによる損傷を与え、突然変異を起こし、染色体異常や発がんの原因となりえ、さらには細胞毒性を引き起こす。そのような細胞レベルでの退化が、痛みや倦怠感、不快感や老化の加速といった臨床における症状として表れている可能性がある。


細胞レベルの退化も、ガンの発生を独自にプロモートする。良性の腫瘍からガンへと刺激を与えてしまうのである。


BEIR Vにも、DNAの障害以外の生物学的な障害が重要である可能性がある、と記述されている。「DNAは致死に至る最も重要な障害のターゲットであるようにも思われるが、核膜やDNA複合膜なども、同様に重要な標的である。」


OER (酸素増感比)→この部分は、翻訳で抜けています!

酸素濃度が低いところでは、電離放射線の影響は阻害される。これが低酸素の腫瘍部への放射線療法でも足かせとなっている。酸素によって放射線への脆弱性が増す比率のことをOERと呼ぶ。


酸素フリーラジカル:

酸素フリーラジカルは、DNA、タンパク質、および脂質を酸化によって障害し、組織を傷つける。この現象が、虚血性心疾患、気腫、脳血管疾患、ガンの原因となる。


スーパーオキシドは、通常では虚血、感染、異物の侵入から生体を防御するもので、白血球中の好中球などでもつくられる。


スーパーオキシドは高線量被ばくによる、臨床的な不快感や倦怠感にもかなり寄与していると思われる。


スーパーオキシドの影響を軽減する、フリーラジカルのスカベンジャーとして最も効果があるとして研究されたのが、SODである。


細胞膜と伝達システム:

「細胞膜はそれ自体が、すべての生体構造の基本的な要素を備えている。また細胞構成ずつのうちの秩序正しい組織のためのマトリックスを提供している。すなわち、酵素、非触媒性の物質、脂質、タンパク質、そしてエネルギー伝達、遺伝情報、動き、排泄、神経伝達などのフレームワークも提供している。」代謝や伝達が多い膜はタンパク質を多く含む(ミトコンドリアの内膜など)一方、神経軸索のミエリン鞘の80%は脂肪で、こちらは絶縁体の機能くらいしかない(?)。膜構造への低線量放射線への脆弱性は、包括的に見直されている。(Petkau, 1986


免疫システム:

人は、酵素、ホルモン、細胞表面蛋白など一万種類ものタンパク質を製造する。また、1000万種類以上の抗体と呼ばれるタンパク質分子を利用することができる。


抗体自体が体細胞変異における標的である。


参考文献

Anderson R.EWarner, N.L

“Ionizing Radiation and the Immune Response” (1976

(放射線分子生物学にリンパ球、抗体、感染、細胞免疫反応、高感受性、移植、ガン、自己抗体疾患などの要素を入れたテキスト)


Maruyama, YFeola, J.M.1987)も参考になる。


その他の放射線起因のファクター:


有害な影響の増大

ある分子における放射能による阻害が、副次的に、継続的に他の分子の不安定性を引き起こす現象。

例:甲状腺における放射性ヨウ素のカスケード影響。放射性ヨウ素が採りヨードチロニンに入り、この内分泌物が体内に拡散し、遠隔の組織で放射性ヨウ素が沈着し、影響を及ぼす。


放射性物質からのエネルギーによる、生体内分子の原子核や構成している中性子や電子の阻害は劇的な結果をもたらすが、これと細胞自体のガン化への変異は、別物である。


高分子タンパク質は、酵素や代謝のプロセスに関与し、放射線によって分子的に障害を受けると、プロセスの全体の機能が微妙に損なわれ、正常な機能から逸脱したり、完全に機能が損なわれる可能性がある。


このような分子生物学的な影響を鑑みると、低線量放射線への被曝で臨床的に、識別できる症状が特定されないという事は驚くに値しない。


放射線への被曝が、二つ目の細胞においても、いわんや二人目の被験者においても再現不可能であるからである。


晩発性の細胞死:


被ばくした細胞死については、いまだ適切な研究がなされていない。ここでいう細胞死とは、複製の失敗を意味し、臨床的な意味ではまったく不十分である。このような基準の不十分さには以下の理由があげられる。


a. 中長期の細胞周期を持つ細胞は、被爆の後もしばらくの間は生きている細胞のように機能する。


b. 細胞内の小器官が放射能で阻害されても、第二の化学物質その他による補強がなければ、機能不全が顕著に現れない。


c. タンパク質の鋳型が放射線によって変異し、新たなタンパク質の形成に影響を与える。


d. 被ばくした細胞集団の死は、さまざまな程度で遅れて現れ、その間、臨床的に確定できない。ただし、その間、特定できない不快感や衰弱として、何年にもわたり現れる可能性がある。


このような中間期における死は、より直近の死であり、壊変の表れ(組織的に顕在する核濃縮、ネクローシス、萎縮)であり、これらはリンパ球に、最も顕著に表れる。


細胞のタイプによって特定の細胞周期や複製率がある。


a.     細胞周期が早いものほど、ガンを含む、放射線被曝後の異常再生のイニシエーションやプロモーションに脆弱である。これが個体においては、より若い年齢の者、胎児や胎芽のより頻繁で早期のガン化へのつながり、細胞レベルでは血液や腸管、骨髄細胞のより高いガンの発生へとつながっている。

b.     一般的に、細胞の機能が特異的なものであればあるほど、その再生が阻害される。具体例としては中枢神経システムのニューロンが挙げられる。

c.      細胞の特異的な機能が放射線により減衰した場合、その細胞は、急速に再生するようになり、より原始的な状態に退行する傾向がある。

d.     このような考察は、放射線によるガンの発生は、ある意味非特異的な病理生理学的な生物反応であり、放射線に特化しているものだとか、被ばくしたDNAのかく乱に特化したものでもない。

e.      重要なのは、細胞は、その他の物理的、化学的、生物的要因に脆弱であり、生体内では生体外よりも要因が多岐にわたるため、様々な種類の反応と、同時に細胞内小器官の様々な異変が、複合的に起こりうる。


細胞周期の長い、皮膚、神経筋、心臓血管、肝臓、内分泌腺、肺、筋肉線維組織などの細胞は、被ばくした後、長期を経てから臨床的な症状が現れ、それまでは一見機能しているように見える。細胞の異変は、後発的に、拡散的に、時間的にも長期化して現れる。(ぶらぶら病やチェルノブイリ症候群など)